お広前
おかげを頂き、長女が結婚いたしました。四月四日に長女湯川芙美が中永創太氏と式を挙げ、創太氏は湯川の家に入ってくれました。(結婚式その他は別記事で)創太氏は今月、金光教学院に入学します。ご存じのように長女はすでに次女夫婦雄太・正子と共に一年の修行を終えて金光教教師に補任され御用に勤しんでおります。
実は以前私は、彼に金光教教師にならないかと話したことがあります。そのときは辞退されてしまいました。今、長女と結婚して学院に入学してくれるかと思うとうれしい限りです。
家族全員が金光教教師として御用できるかと思うと本当にありがたいことです。
充実した修行の日々を過ごしてもらえるよう祈念しております。
私は毎年金光教学院に赴いて、三時間ほどお話をさせてもらっております。そのとき自分のこれまでを振り返って、金光教学院での一年がすべての土台であったなとつくづく思います。
ただ学院生のときには「神さま、ありがたいなあ」というような境地までは達していませんでした。
まずは早朝、雨でも雪でもおでましくださりご祈念お取次ぎくださる金光様のすばらしさに心打たれたのが最初でした。
そして世界のこと社会のこと、もちろん全教のことを祈ってくださる金光様、その足下(あしもと)のような場で毎朝金光様とともにご祈念させていただける朝四時のご祈念の幸せ。金光様のお徳に包まれているような本部広前でのご祈念や神習。これらを通して金光様をいただくということを少しずつ学んでまいりました。
そして玉水教会に戻って三代大先生のもとで御用しながら、たとえば総祈念=ご拝文を読み上げながら世界の平和を祈る金光様の祈りの重さを感じて自分の信心を培っていくというような修行を積み重ねていきました。
何度も申しておりますように金光教の教会、お広前はただ信者さんの悩みを聞いて神さまにお願いするというだけの場ではありません。広く社会のこと世界のことを祈念する場であります。それは早朝四時の金光さまのお姿を拝していつも痛感するところです。
〇お広前はこころの温泉
玉水教会のお広前への上り口、靴を脱いでガラス戸を開けるまでの階段。みなさんは何も思わず、あがりくだりされていると思います。そこは教会ができたときに初代大先生が苦心されたところなのです。どうしたらよりスッと上がれるか、なんべんもなんべんも試行錯誤研究されて作られたものなのです。ただ二代大先生の時代に台風で大水が出て被害にあい、そのためお広前移動のときに一段高くしたので若干感じにくくはなっています。初代大先生はお広前を作るとき、どうしたら参る人がすうっとお広前に自然に入ってこられるか考え考え、お建てくださいました。私は時々思うのです。お広前ってお風呂みたいなもんやないかと。
お参りしてこそおかげは早い。日参は信心の要である。それは間違いないのです。しかし堅苦しいばかりではものごとは続きません。お広前に入ると気持ちが楽になる。こころが温かくなる。引き寄せられるように来てしまう。こころの温泉に浸りにくるように。こんなお参りもありです。「子どものとき親に『お広前につかっておいで。遊んでいるだけでも健やかになるから』と言われたものです」。年配の信者さんが教えてくれました。お広前という場にはいろんな面があります。
(玉水教会 会誌 あゆみ 2026年5月号 に掲載)



