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生きてきたように死んでいく


私がご本部の金光教学院に在学中、佐藤洋次郎という高齢の先生による講義がありました。月に一度程度、講義に来院されるのですが、声の衰えもあってよく聞こえず、やがて退かれて夏には亡くなられました。ですから先生のお話は失礼ながら私はよく覚えていません。

 しかし学院長先生のお話で、お見舞いに行かれたときのことを聞かせてもらいました。
 佐藤先生はもう声も出ず、お見舞いに答えてくださることはできませんでした。ただ枕もとに「いつもありがとうございます。ありがとうございます」といった言葉が掲げられてあったそうです。
 声さえ出ない中、それでも自分の感謝の気持ちを伝えたいという先生のお姿を知り、すばらしいことだなあと感動したことを覚えています。

 最期の姿といえば、三代大先生の最期の日々も祈りと感謝に満ちた尊い姿でした。
 病院で長く待たされたあとも丁寧な御礼を欠かされない大先生、私が代わってお仕えするお祭りを自室からご祈念くださる大先生、次々に浮かんできます。
 従容(しようよう)と死を受けいれ、周囲に感謝も忘れないという信心にはどうしたら到達できるのかと、考えてしまいます。

○口いっぱい申しあげたが
 『信話』五集に、子どもを風邪から死なせた初代大先生が神さまに口いっぱいに抗議する話が載っています(五七頁)。「死ぬとわかっていれば医者にもかけたのに…」。初代大先生はそれまで数知れぬほどメグリのお取りはらいをいただいていたので、もう残っていないと思っていたのですが、神さまはまたメグリのお取りはらいであると告げられ、「お前さんはちょっと気に入らんと不足をいう」。金づちでたたかれたように辛かった、と初代大先生は述懐されています。その後すぐに奥様が懐妊されます。生まれた子に神さまは「医者にかけておけ」。十日目に亡くなりましたが、今度は子どもの死に心からの御礼が申せたのでした。

 喪失感というか失望というのか、人生の辛いことのなかで子どもを亡くすということは、とりわけ重いことでしょう。初代大先生はそれを何度も経験し御礼を申せるようになられたのです。
 子どもの死ばかりではありません。お金のこと学校のこと、人生には辛いことや喪失感を味わうことがいくつもあります。
 中には順風満帆で、健康で学歴もあり配偶者にもめぐまれ、子どもも優秀で経済的にも心配ない、という人もいるでしょう。

 淀川キリスト教病院で日本ではじめてホスピスをはじめられ、たくさんの患者さんを看取ったお医者さんの話を読みました。順風に来た人より何度も辛さを味わった人のほうが、穏やかに死を受け入れ逝かれることが断然多いとのことです。

 キリスト教の信仰を持つその医師は「生きてきたように死んでいく」と断言されていました。つまり明るく爽やかに生きてきた人はそのように、ぐだぐだ生きてきた人はぐだぐだのままに逝く、といわれるのです。

 信心すれば、なにごともうまく行って心配なく過ごせる、などということはありません。
 問題が持ち上がっても神さまに心を寄せ、み教えを杖として改まり改まりしていくこと、それが私たちの「生きている」ということでしょう。精一杯、生きていくと、それにふさわしい逝き方もできるということです。
 しっかりとご信心を進めさせていただきましょう。めて信心を大きくし、大きなおかげを蒙(こうむ)ってまいりましょう。

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