世界を見据える信心
年が明けてから世界中で様々な問題が起こってきているような気がします。そんななかで教主さまが年頭にあたっての挨拶「世界の平和を願って」の内容が時宜にかなったそして金光教の大切なところをおっしゃっておられるなあと思いました。
教主さまは「グローバルに考えてローカルに活動する」視野は世界的に活動は地元地域に根付いたものにという言葉をひいて四代金光様のお歌「世話になるすべてに礼をいうこころ平和うみだすこころといはん」に通じる、と説かれます。
金光教は自分のまわりのことだけを追求する小さな宗教だというひとがいますがそんなことはない。金光教の常に世界を見据えている信心姿勢を教主さまはしっかりとお示しくださいました。
私は、お示しくださった金光教の世界を見据えた世界の平和を求めていくという行き方は、単に世界を祈るという抽象的なことだけではなしに教会の活動、ひとびとを救済し信心を興隆しご比礼をいただいていくという活動そのものだと考えています。ご比礼をいただこうと御用することがダイレクトに世界平和をもとめることとつながる、ということです。信奉者のかたも教会にお参りする、祭典の御用をすると教会活動を担っているわけですから同じです。
初代大先生の信心は常に世界を社会を意識したものでした。ですから戦後二代大先生が初代大先生のお心を継ごうとまずなさったのが社会事業団のさまざまな事業でした。三代大先生が関西金光学園の仕事に打ち込まれたのも初代大先生の信心を現すということでした。
〇メリハリつけて
金光教の真髄の話でした。一生懸命活動するには休息もしなければなりません。
金光教は修行僧のように四六時中休みなく修行しろという信心ではありません。休むことも必要です。楽しむことも大切です。今流にいったらオンとオフのめりはりをつけていく、これも信心の一つです。例えば一月十一日は初代大先生の誕生日で湯川家親戚一同や玉水系出社関係教会が参集して神さまに御礼のお祭り仕えて打ちそろって奥津城に参拝、会食をします。にぎやかに新年の挨拶をかわし直会を楽しむ。初代大先生の時代から続いています。
楽しむことはよいことです。楽しむときは楽しんでつぎの御用に備える。
初代大先生もあれだけお取次の忙しい日々でありながら釣りがお好きで釣りに行かれることもあったと聞いています。しっかり働きしっかり休息するというのは信心でも鉄則です。
世界を見据えるような大きい信心を求めつつ休むときはしっかり身も心も休養する、そしてまたしっかり働くという信心生活をつづけてまいりましょう。
玉水教会 会誌 あゆみ 2026年2月号 に掲載)



