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2008年度
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金光様と大先生」
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3月掲載分(連載第33回)
「お手引き」
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1月掲載分(連載第31回)
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2007年度
12月掲載分(連載第30回)
「初代大先生になりかわって」
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「九分(くぶ)まできたら、今一度」
9月掲載分(連載第27回)
「三代大先生と甲子園」
8月掲載分(連載第26回)
「心のまね」
7月掲載分(連載第25回)
「お祭りをいただく心」
6月掲載分(連載第24回)
「鈍根運」
5月掲載分(連載第23回)
「天国と地獄」
4月掲載分(連載第22回)
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3月掲載分(連載第21回)
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2月掲載分(連載第20回)
「初代大先生拝詞」
1月掲載分(連載第19回)
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2006年度
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「神様優先の行き方」
9月掲載分(連載第15回)
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6月掲載分(連載第12回)
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「後ろ祈念」
4月掲載分(連載第10回)
「学院での洒掃」
3月掲載分(連載第9回)
「遺教と信話集」
2月掲載分(連載第8回)
「玉水新世紀」
1月掲載分(連載第7回)
 「信心の四つの目的」
2005年度
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 「華開く霊様の働き」
11月掲載分(連載第5回)
 「生活の中に信心を現していく」
10月掲載分(連載第4回)
 「節年の信心」
9月掲載分(連載第3回)
 「物を大切に」
8月掲載分(連載第2回) 
「信心の横のつながり」
7月掲載分(連載第1回) 
「百年、途切れることなく」
玉水教会月刊誌「あゆみ」に
毎月連載されています
巻頭の「教風」より転載しています。

立教百五十年、三代大先生十年のお年柄

 明けましておめでとうございます。

 今年、平成二十一年、二〇〇九年は、教祖様が神様から立教神伝を受けられて取次に専念なさるようになって百五十年目の年に当たります。

 また玉水教会にあっては先の教会長・三代大先生の十年のお年柄でもあります。信者さん方のなかには三代大先生が霊様となってから信心し始めた方やまだ幼かったので三代大先生をよく覚えていないという若い方もいるようです。

 代がわりが進んでいるのだな、と感じます。
 代がわりが進むということは信心するという意識が希薄になるということでもあります。なぜ自分はお参りするのだろう、ただ何となく、親から言われて習慣になっているから。こういう方も多いと思います。   

 親の代ではどうしてもこのおかげを頂かなくては、と必死の思いで大先生のお取次を頂きながら教会に足を運び、いくつもの山坂を越え、この神様でなくてはここまでこられなかった、ありがたいことだと信念が入っていました。おかげを頂いたあとの子供の代では、それだけの差し迫った信心はしなくてすむだけのおかげを頂いているだけに、何で信心するの、ということがどうしてもぼんやりしてしまうように思います。

 私はそういう方々に、初代大先生の「信心の四つの目的」を覚えることを勧めています。常日頃お唱えして心に留めておけば、なにかのときにはパッと浮かぶものだからです。
一、常に心を清らかに持たせていただくために
一、角立つ心を丸くするために
一、災いを転じて仕合わせにさせていただくために
一、自分の役割を明らかにして責任を果たさせていただくために

 初代大先生がご自分の体験をもとにして整理された事柄だけに、わかりやすくまた論理的にも筋が通っています。この信心の目的を胸にして信心を進めていけば、これはこういうことなのだ、こういう思いで信心しなくては、ということがよりはっきりと分からせていただけるものと思います。

 ○実意丁寧神信心
 はじめに申しましたように、立教百五十年のお年柄です。安政六年(一八五九)十月二十一日(いまの暦に直すと十一月十五日)、神様が教祖様に「此の方(教祖様)のように実意丁寧神信心している者が、世間に多くの難儀な人があるから取次助けてやってくれ」とお頼みになり、教祖様がその願いを受けて、「仰せどおり家業をやめてお広前の御用を勤めます」とお取次に専念なさった記念すべき年です。

 このご神命中の「実意丁寧神信心」については金光教の信心の根幹をなすものとしてこれまでいろいろと研究もなされ、多くの先生方もご自分の信心をもとに説かれてきました。

 私は初代大先生の信心の四つの目的は、実意丁寧神信心の中身を、別の角度から具体的に説かれているのだと思います。初代大先生ご在世中は教祖様のご事蹟がいまほどはっきりわかっていませんでした

 初代大先生は教祖様のご信心の中身をご自分の言葉で、そして大阪の人々に理解しやすいように練り直してくださったのです。

 ですから若い人から長年信心している人まで、どなたが信心生活を進めるうえでも、この「信心の四つの目的」はまことにぴったりした教え(指針)だと言えるように存じます。ことしも精出して信心を進めてまいりましょう。

<2009年1月掲載>
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